ネイルの歴史

ネイルの歴史【日本史編】

あゆみせんせ
あゆみせんせ
前回の「ネイルの歴史【世界史編】」に続き、本日は日本史編をお伝えしていきたいと思います♬

飛鳥・奈良時代

紅殻を用いて、爪先を赤く染める

日本でも、古代より赤に対して強い執着心を持っていたと言われています。

当時、自然界の全てのものは神によって創造され、また、その神から作られた草木には霊が宿っていると信じられていました。それゆえに、霊の宿る薬草が病気の悪霊を取り除くと信じられていたので、衣類などの染料として使われるものは、全て薬草から選ばれていました。

飛鳥・奈良時代の赤は「紅殻(べにがら)」という酸化鉄を主成分としたものが用いられ、額の中央や唇の両端に一種の飾りとしての役割を果たす化粧をしています。

その延長線上として、指先を赤く染めていたとも言われていますが、こちらもアクセサリーとしての感覚に近いでしょう。

紅が彩りを添えるだけではなく、造形的な意味合いから用いられるようになったのは、この飛鳥・奈良時代からで、化粧史上画期的なことでした。

あゆみせんせ
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酸化鉄とは、赤さびのことです。

平安時代

遊女によって化粧文化が広がる

平安時代、遊女によって化粧が下層階級にまで広がったと言われています。

これは遊女たちが宮廷の女性のような装いをしたためで、化粧が一般に知れ渡るようになりました。

ホウセンカ(鳳仙花)とホオズキ(鬼灯)の葉をもみあわせて爪を赤く染める「爪紅(つまくれない)」も行われていました。

ホウセンカを別名として「ツマクレナイ」と呼ぶのは、カラーポリッシュのように、花で爪に色を付けたことからきています。

江戸時代

紅花を使って

江戸時代、紅花を使った染色技術が中国から渡来し、紅花の栽培が盛んになりました。

それは化粧にも利用されるようになります。

同時に、爪にも紅を塗ったので、「爪紅(つまべに)」と呼ばれました。

また、紅花を使って、唇に紅を濃く塗る化粧は「口紅」と呼ばれました。

この時代の文献によると、赤いホウセンカの花弁を杯に入れ、ミョウバンを加えて花弁を潰しながら混ぜ、骨でできた専用の針を使って爪に塗って行くと記されています。

染料ですから、乾いた爪紅は水で洗っても落ちないで長く楽しめたようです。

さらに、この時代の美容本には、指を揉みほぐして指一本ずつを軽く引き延ばすなど、指が細くなる手入れ法が解説されており、美しい手を保つことに着目されていたことがうかがえます。

近代日本

ネイルの関心・普及が始まる

明治時代には、フランスからマニキュア術が伝えられ、「魔爪術(まそうじゅつ)」として発達してきました。

西洋の文化が日本に入ってくるに伴い、外国では社交上の礼儀として握手をすること、舞踏会で手を握ることから、手や爪の手入れに注意を払うこと等が紹介されたそうです。

第二次世界大戦後になると、日本でもカラーポリッシュが徐々に浸透し始めました。

女性が手の美容に関心を持つに伴い、一般に普及し始めたのは1960年代後半からで、徐々にカラーポリッシュに人気は広がって行きました。

そして、1970年代、日本国内ではアメリカ西海岸ブームが起こり、1つのカルチャーとしてネイルの専門サロンが紹介されました。

その後、マニキュア技術は、美容室のサロンメニューに取り入れられ、現在のネイル技術の基本となっています。

当時のスカルプチュアネイルは歯科用レジンに近く、硬度があり過ぎて柔軟性に欠け、薄く作ると割れやすいものでした。しかし、それ以前のものがモノマーとポリマーを容器に入れ、ウッドスティックで混ぜる使い方であったのに比べて、筆積み法で作られていく方法は、今日のスカルプチュアネイルにつながっているものです。

現代

ネイリストという言葉が生まれ、世の中に浸透

1970年代後半、美容業界でもアメリカからネイル技術と商品の導入が始まります。

1980年代初頭、ネイル技術を職業とするマニキュアリストやネイルサロンが出現しました。

1985年に日本ネイリスト協会が設立され、協会設立時に作った造語「ネイリスト」が、マニキュアリストを指す言葉として日本では定着しました。

1990年代にはネイル専門誌が続々と発刊され、ネイルムーブメントが起こっていきます。

そして、ネイルケアの重要性が見直され、瞬く間にネイルは市民権を持ち始めます。

そこに日本人特有の手先の器用さが手伝ったのは言うまでもありません。

イクステンションでなければ表現できない、イクステンションアート等はその最たるものです。

1997年にはネイリスト技能検定試験がスタート。

ネイリストに必要な技術を修得した証、ネイリストの登竜門として広く認知されるようになります。

また、2000年頃に起きたジェルネイルブームなども拍車をかけ、ネイルサロンはより身近な存在となり、ネイリストは職業として社会的に安定していきます。

2006年には、日本ネイリスト協会がNPO(特定非営利活動)法人化して新たなスタートを切ります。

2008年にはそれまで日本ネイリスト協会が実施していた検定試験事業を継承し、検定試験の運営と資格認証を専門に行う機関として、一般財団法人日本ネイリスト検定試験センターが設立。

2012年に日本ネイリスト検定試験センターは、内閣総理大臣認定の公益財団法人となり、ネイリスト技能検定試験は内閣総理大臣が認めた検定試験センターが認証した資格となりました。

2014年には、総務省が管轄する日本標準産業分類の改定にあたって、「ネイルサービス業」が独立した1つの産業として認められ新設されました。

そして現在も、多くの人が人々が「ネイル」と言うキーワードによって、心豊かに癒される時代へと向かっています。

あゆみせんせ
あゆみせんせ
たくさんの時代を経て、現在のネイル技術へと変化が続いてきたのですね♬今後、AI化やIOT化で大きな産業革命が起こると言われていますが「ネイリスト」は産業革命では無くなりにくい職業と言われています。
それはきっと、ロボットたちが生涯持てないと言われている「心」が関連しているのではないのかなあーなんて私は考えています。

本日も最後までご覧くださり誠にありがとうございました♬


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